朴魯庵
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DATE: 2006/07/07(金)   CATEGORY: 呟き
見送り
応募先から昼一に電話あり。内勤での採用を検討していたが「今回はご縁がなかったということで」とのこと。初期の採用計画営業1名ということに落ち着いたということ。色々体調的な懸念を明け透けに伝え過ぎたのが結局よくなかったのか、と少し残念であったがまぁ迷ってはいたのでよしとする。ちょっと勝手に準備が過ぎたな、とは思う。連絡を待ってから色々と考えればよいのだ。しかし連絡を待っている間、まぁ応募書類提出してからの17日間、少々首と背中は凝ったが薬のおかげか胃は痛くならずにすんだ。いいことだ。

気分転換に、来週は祇園祭に行くことにしているので、もう早目に今日から関西へ出てやろうかとも思ったが、少し腰が重い。ダラダラと過ごそう。

海の日が終わってからまた次のことを考えよう。それまで就職活動はちょっと休憩。前半戦よくがんばりました。

 結局、この三年というもの、社会や人間への縁が薄いことに不足を感じるがゆえに生き直そうとしてきたはずが、いざ真の社会的実践を問われてみると、ほんとうはそんなものを求めていない自分がおり、市井との交わりよりも僧堂の奥で一人坐っていたいと思う自分がいたということであります。そうした唯我独尊を私の本質だと言ってしまうのは簡単ですが、私とて、発心して仏の行をおこなうとは一にも二にも尽大地の尽衆生とともにあることを知らぬわけでなし。一人自分のうちに閉じこもって辿るべきものはないことを知らぬわけでなし。知りながら、僧堂の単を動けない私がいたということであります。あるいは夜に市内の明かりを眺めては、またしばらく漠として立ち尽くしている私が。
 不調。鬱。危機。何と呼んでいただいても構いません。仏道を行く年月の間にはこんなときもあろうと思い定める程度には、私も成長しておりましたから。ろくでもない禅定に四苦八苦していた当時の困惑より、無為の困惑のほうが実は真綿で首を絞められるようであったのですが、それさえやり過ごせる程度には図太くなっておりましたから。ただし、何であれ所詮はみな凡夫の思量。いま思うと、衣を脱ぎ捨てたいという一声を聞いたときから、私は大迷へ真っ逆さまの道を一日一日歩んでいたのかも知れません。
                   高村薫『新リア王』下巻P26より
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今日は七夕か。七夕の夜っていつも曇っている気がする。天の川などみたことがない。一年に一度しか会えないという物語はいい物語なんだろうか。気が狂いそうじゃないか。
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