ブログ自体更新する気が最近あまりないのだけれど、書いてないとコラムに穴を開けそうなので、ボチボチ書いておくか。
梅雨は明けたが活性の低いここ数日、滅多に芸能人にハマらない(宮沢りえ以外記憶なし)のに何故か急激に木村カエラ嬢にハマった。かわいい!かわいすぎる!!だいたい世間のブームは2年遅れで僕にやってくる。
先週の土曜に「日本沈没」を観に行って、DVDを5本レンタルしてきて(「姑獲鳥の夏」と「恋は五・七・五!」と「ニワトリはハダシだ」と「日本の夜と霧」と「カスタムメイド10.30」)、「カスタム〜」を見てハマったのだった。早速新曲の着うたフルをダウンロードし、YouTubeで見れる映像を片っ端から見まくった3日間であった。夢にまで出てきたじょ。しかしかわいい(^_^)。相方に「うるさ〜い」と言われるくらい「かわいいかわいい」言ってしまう。しかしかわいいものはかわいいのだ。かわいい女子は元気の素だにゃ。たぶん激しく退行現象。夏だわ〜。それかもしくはオジサン化。若い子はええのぅ〜。うわ〜、ヤな感じ。

ライブ行きたい、まじで。
ずるずると下道を走っているとつらつらと妄想する。いつも思うのは「ここで生活したらどんな感じだろう」ということ。ま、どこに住んでもそう大差なさそうという結論に落ち着くんですが(京都以外)。
雨の被害のニュースも多かったので、そう思いつつハンドル握りながら流れる景色を見ていると「山肌の家多いなぁ」と思う。ま、これも戦後の持ち家政策のせいなんですけど。家を構えるのに大変で民主主義なんてどうでもよくなってしまうというニッポン。生活が先に立つので本末転倒ではないんですが、住宅ローンが政治・文化に及ぼす影響は大きそう。どこにでものっぺりと家は建ち並んでいる。最新のマンションとか買うと、また新しい仕様のマンションが出てきたら古臭いとか思ってしまうんやろか。
どうにも複数で動くと連れも映りこんでしまい、絵を押さえることを忘れてしまうので祇園祭の写真なし。食べ物の写真多し。カメラも寿命で調子悪いし撮る気にならんというのもある。新しいええやつ欲しい。
現在素楽IN倉敷。友人宅に二連泊の予定。旦那様は朝から仕事に行き、奥様はいつまでも起きてこないのでブログ更新して時間を潰す。
昨日京都より国道2号線を走ってくると、240kmにも関わらず8時間もかかってしまった。明石以西のに2号線を走ったことがなかったので正直ナメていた。ほとんど1車線が続き全然進まず辛かった。晩飯は豚バラの煮込みと麻婆豆腐とニラ玉とあと小鉢2つを作ってくれた。やるな、奥様。感謝感謝。翌日旦那様出勤なのでノンアルコールな健康的な夕食。
祇園祭も雨ばかりで宵山にチラリと顔を出しただけ。雨がやんでから出て行ったのに帰りにザンザン降ってきて浴衣姿の相方が可哀相であった。毎年鯉山の登竜門のお守りを買い今年も買って貰ったが、今年こそご利益あるか?とりあえず鱧も食べておく。あとうまい豆腐と絶品のケーキも食べた。感謝感謝。
京都に行くと、やっぱり猛烈に京都に住みたくなって心が千々に乱れる。う〜む・・・すみたいすみたい・・・やっぱり京都が一番ええ。
最近変わったな〜とおもうこと
その1
ケーキが異常に好きになった。食べに行って素直にえらく感動してしまう。ケーキ屋で働いてるお姉さんまで幸せそうに見える。甘党になってきたのか?ますます太るな。しかしケーキを食べるという行為自体が、なんか余裕的なものを感じさせてよい。昨夜も3人で頂いた。「ケーキには夢がある」と旦那様の弁。
その2
久しぶりに街に出ると若い子がみんなかわいく見える。昔はその時々の今風の格好をしていた子達を「バカタレが」という感じで見ていたが、漢字が書けなかろうが敬語の使い方がおかしかろうが、どうでもいい感じになってきた。女の子はかわいけりゃいいのよ、的な。オヤジになってきたのかもしれないし、季節的な一過性のものかも。
今日は大原美術館見学の予定。奥様は何時に起きていらっしゃるでしょうか?

数日ネットもなく暇だったので、早雲さんが紹介されていた「ルバイヤート」をケータイにネチネチ打ち込んでいた。折角打ったから送信。
もともと無理やりつれ出された世界なんだ、
生きてなやみのほか得るところ何があったか?
今は、何のために来り住みそして去るのやら
わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ!
魂よ、謎を解くことはお前には出来ない。
さかしい知者の立場になることは出来ない。
せめては酒と盃でこの世に楽土をひらこう。
あの世でお前が楽土に行けるときまってはいない。
苦心して学徳をつみかさねた人たちは
「世の灯明」と仰がれて光りかがやきながら、
闇の夜にぼそぼそお伽ばなしをしたばかりで、
夜も明けやらぬに早や燃えつきてしまった。
愚かしい者ども智恵の結晶をもとめては
大空のめぐる中でくさぐさの論を立てた。
だが、ついに宇宙の謎には達せず、
しばしたわごとしてやがてねむりこけた!
思いどおりになったなら来はしなかった。
思いどおりになるものなら誰が行くものか?
この荒屋に来ず、行かず、住まずだったら、
ああ、それこそどんなによかったろうか!
まかせぬものは昼と命の短さ、
まかせぬものに心をよせるな。
われも君も、人の掌の中の蝋に似て、
思いのままに弄ばれるばかりだ。
わが宗旨はうんと酒のんでたのしむこと、
わが信条は正信と邪教の争いをはなれること。
久遠の花嫁に欲しい形見は何かときいたら、
答えて言ったよ−君が心のよろこびをと。
この世に永久にとどまるわれらじゃないぞ、
愛しい人や美酒をとり上げるとは罪だぞ。
いつまで旧慣にとらわれているのか、賢者よ?
自分が去ってからの世に何の旧慣があろうぞ!
酒姫よ、寄る年の憂いの波にさらわれてしまった、
おれの酔いは程度を越してしまった。
だがつもる齢の盃になお君の酒をよろこぶのは、
頭に霜をいただいても心に春の風が吹くから。
おれは有と無の現象を知った。
またかぎりない変転の本質を知った。
しかもそのさかしさのすべてをさげすむ、
酔いの彼方にはそれ以上の境地があった。
時の中で何を見ようと、何を聞こうと、
また何を言おうと、みんな無駄なこと。
野に出でて地平のきわみを駆けめぐろうと、
家にいて想いにふけろうと無駄なこと。
世の中が思いのままに動いたとてなんになろう?
命の書を読みつくしたとてなんになろう?
心のままに百年を生きていたとて、
更に百年を生きていたとてなんになろう?
ないものにも掌の中の風があり、
あるものには崩壊と不足しかない。
ないかと思えば、すべてのものがあり、
あるかと見れば、すべてのものがない。
迷いの門から正信まではただの一瞬、
懐疑の中から悟りに入るまでもただの一瞬。
かくも尊い一瞬をたのしくしよう、
命の実効はわずかにこの一瞬。
さあ、起きて、嘆くなよ、君、行く世の悲しみを。
たのしみのうちにすごそう、一瞬を。
世にたとえ信義というものがあろうとも、
君の番が来るのはいつか判らぬぞ。
さあ、ハイヤームよ、酒に酔って、
チューリップのような美女によろこべ。
世の終局は虚無に帰する。
よろこべ、ない筈のものがあると思って。
いつまで一生をうぬぼれておれよう、
有る無しの論議になどふけっておれよう?
酒をのめ、こう悲しみの多い人生は
眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!
不穏の先にあるものは火を見るより明らかだが
それを望む者があり 望む望まざるに関わらずと嘯くものがいる
平時の小さな幸せを 日常の中の息吹を 記録していく必要があるのか
未来から今を振り返った時に「あの時は良かったね」と懐かしむ時がくるのか
やっぱり私達は馬鹿だったねと 溜息をつく時がくるのか
転がったダイスの目を選ぶことは私達にはできるはず イカサマを見抜くことはできるはず
この勝負 レイズする必要は何処にもない こんな胴元の賭場で遊ぶことはない
スリルに目を眩ませられるな 熱狂に飲み込まれるな
こんな賭場で命かけてまで張ることはない
若い情熱を傾けることはない
次の札を要求するか否かより
壊すべきは何か 築くべきは何か
何を望み 何を望まないか
札が配られるのを 口を開けて待っているのではなく
痛みを伴った想像力をもって 唾すべきものに唾をする
痛みを伴った想像力をもって 称えるべきものを称える
痛みを伴った想像力をもって 自分の分け前を確保する
痛みを伴った想像力をもって 愛すべきすべてを愛する
痛みを伴った想像力をもって 限りある命を生きてゆく
賭場は もうお開きにしよう





